土佐寒蘭とは・・・・
寒蘭はシンビジュウムの仲間の野生蘭です。南は台湾から北は紀伊半島まで分布しています。日本では比較的温暖な地域に自生し太平洋岸にある高知県ではほぼ全域に自生地があります。高知県で産出された寒蘭を総称し土佐寒蘭といいます。他に九州の日向寒蘭や薩摩寒蘭、和歌山の紀州寒蘭等がありますが、寒蘭自体が個体変異が激しいこともあり地域での区分はあまり明確ではありません。土佐寒蘭でも室戸市を中心とした東部の寒蘭と、宿毛市周辺の寒蘭とでは格差があり、同じ土佐寒蘭とは言いがたいところもあります。寒蘭に最も近い種の一つとして春蘭がありますが高知県では多くの場所で自生地が一致します。名前が示すように春蘭は春4、5月に、寒蘭は秋10、11月に開花しますが、高知県ではこれらの雑種が自生する地域があります。正式には寒蘭までしか種として認められていないと思いますが、地域間での差よりも、個体変異が大きいことから花色で亜種として区分した方が良いほどです。更紗花かありますが、これは春寒蘭が出来たように純粋種の赤花系種と青花系種とが交雑して雑種が出来たのかもしれません。私見ですが寒蘭という種は存在しても、現存するものに純粋種はなくなっており、寒蘭と呼ばれているものはすべて雑種なのかもしれません。それ故、個体変異が多くこれほどまでに親しまれるものとなったのかもしれません。掲載の写真を見ていただければわかると思いますが、個体変異は花色、花型にはじまり葉型、葉姿等多くに現れます。このため産地である高知県ではこれを園芸として楽しむ愛好者がたくさんいます。花色は緑(通常青花と言います)や赤、黄、白それぞれの色の混じった更紗花があります。赤色も紅、紅紫等として区別されたりします。花の大きさも2、3センチのものから10センチを越えるものまであります。葉も10数センチ以上伸びないないものから1メートル以上となるものまであります。
紙パルプの原料として伐採された後10年ほど経過した森、椎や樫が再生し5メートルほどになっている。 左の森の中、寒蘭が生え始め5年ほどたっている。最も寒蘭の発生に適した環境となっている。
土佐寒蘭の歴史は非常に古く、すでに大正時代には投機的な対象になっていたようです。愛蘭家の最大組織に土佐愛蘭会がありますが平成12年で設立70周年となります。会員も数千名を越えています。組織の最大のイベントが花展示会ですが10月から11月には各地で支部展が開催されます。そして11月の後半には本部展が開かれ多くの出展があります。花展示会は会員が持ち寄った数百点の鉢の中からコンテスト型式で優劣を競います。赤、青、更紗等の花色、葉姿等の各部門で優劣が競われ、それぞれの部門での最優秀品から総合優勝、準優勝等が選出されます。これに入賞することは寒蘭愛好家の一種のステイタスとなり、愛蘭家たちは競って新品種を導入し、栽培技術の向上に日々努力をしています。土佐愛蘭会では寒蘭の品種登録も行っており、この70年の間に1000品種を越える命名審査を行い登録品種としています。高知県には土佐愛蘭会の他にも蘭会があり、大きいものに日本寒蘭会や香南愛蘭会があります。
花展示会風景、各部門で優劣を競います。
寒蘭の品種は多くの蘭科植物と同じように選抜によって、形質の優れたものを残しています。命名品種は現在のところほとんどが天然種です。自然界から採取してきたものからの選抜です。ここ数年人工交配によって新品種が作出されはじめていますが、登録品種とはなっていません。未だに山取が行われています。人工育種が主体となる時代がくるかもしれませんが、野生種であるところに誰もが魅力を感じています。山取と言う行為が問題となる場合があることも事実ですが、多くの人がそれから楽しみを得ています。
人工交配種の光源氏、楊貴妃×豊雪の交配種です。香南愛蘭会で命名

一般的な概念として野生蘭等の希少種を採取する行為は、自然を破壊する行為ととらえられがちです。

 しかしながら寒蘭の自生地が自然に満ちた人里離れたところで寒蘭の採取が自然破壊に繋がるというのは寒蘭を知らない人の勝手な思いこみです。

 土佐寒蘭の多くの自生地は人里近くです。かつて家庭にガスが普及していない時代には煮炊きの燃料となる芝草や薪の供給源となった身近な森です。椎や樫の木を主体とする常緑広葉樹の雑木林です。これらの雑木林はすみ焼き用の原木供給地として管理されていました。そのため一定の間隔で伐採、再生が繰り返されています。その中で寒蘭の生育可能となる環境が5年から10年くらいの単位で発現します。寒蘭の特徴として、種子が発芽すると地面の中で地下茎が繁殖します。この地下茎は何年も生きながらえ地上の環境が生育に適するようになると始めて地上に出てきます。地上部が採取されたり、環境が代わって枯死しても地下茎が生き残っていて、何年かして環境が良くなると再び地上に出てきます。ただ、放任された森では環境悪化が長期にわたり、この地下茎も死滅してしまいます。寒蘭自生地は燃料供給林として常に伐採されてきたことで、人の手が加わってきたことで生き永得ることが出来きたのです。実際管理しなくなった森では寒蘭は死滅します。杉檜を植林した山では寒蘭の自生は全く見られなくなります。寒蘭が希少種となったのは人が管理しなくなった森や杉檜の人工植林が増えたためです。

 今でも土佐寒蘭の自生が見られる森は、パルプ用のチップをとるために15から30年の周期で伐採されています。その後5年から10年で広葉樹が背丈2メートルほどに再生してくると下草が生えなくなり寒蘭が生えています。


寒蘭の地下茎、種から発芽すると蘭菌と共生することによってショウガ根状の固まり(リゾーム)を形成する。
地下深くのショウガ根(高知ではホルモンと呼ぶ)から地上部までさらに地下茎がのび先端から葉と根が発生する。ショウガ根は地下茎であるため細かく節がついている。ここから根のような長い茎が伸び地上近くで葉が発生する。葉のもとが球茎となり根が発生する。
地下茎から発生した球茎(バルブ)が葉及び根の伸張とともに発達すると脇目が発生し次の球茎となる。寒蘭の場合通常一年に一球茎しか増えない。
寒蘭の成木はほとんど見られなくなりましたが、この写真のような小個体は今でもよく生えてきます。幼木は成木になり開花するまでに早くて5、6年かかります。繁殖は種子繁殖ですが、種子は単独では生育できず、リゾクトニア菌と共生して初めて発育します。このように地上の葉が伸びてくるまでに、地下では種子から発芽した地下茎が繁殖し数センチから数10センチの固まりを形成します。地下茎から葉が萌芽するまでには早くて4、5年、長ければ何10年とかかります。地下茎の固まりは地表から浅くて5センチ程度、深いもので50センチ以上深いところにあります。地上部を採取しても、この地下茎が残っている限り何年か経つと同じものが生えてきます。